ある日の東洋史学演習7-1(4月17日)

完全な夏休み体制に切り替わる前に、過去日記ボーナスステージをもう1つ。
4月17日に行われた、周さんの発表です。発表タイトルは以下の通り。

…あっ、このレジュメ、タイトルがないよ!名前も日付も入ってないよ!
というわけでわたしが、勝手に命名することにします。
「ぺリオ文書3547『上都進奏院状上』分析」
確かこういう感じの発表でした。さて、これからおぼろげな記憶を引っ掻き回して、周さんが風邪を引いて高熱を出して半死半生で報告した、ペリオ文書の内容をお伝えしたいと思います(他の記事とテンションが違うのは、執筆者のテンションの差です。あしからず)。

ぺリオ3547は、敦煌帰義軍節度使が、賀正専使(お正月に都にお祝いを言いに来る使者)を派遣した際に、どのような人間が都へ赴き、どのような手続きを踏んで、そして誰が実際に皇帝・宰相クラスにお目見えし、どのような下賜品や節度使からの献上品がやりとりされたかといったような、「以下に間違いはありません」と言う記録で、進奏院(藩鎮が都・長安に置いた外交機関)から節度使へあてた書類です。

分析していく中で、興味深い点はいくつもありましたが、例えば、賀正専使全員が長安の街に入れるわけではないこと(その身分に応じて霊州・長安の進奏院に留め置かれ、実際に麟徳殿で朝賀の儀式に参列するのは長使・副使のみ)、賀正専使全員に「馬(=車)」と「絹(=お金)」が唐側から交通費として支給されること等は、遣唐使のような外国からの使節にも類似の点が見られるのではないかと思います。

周さんは外国使節を分析する手がかりとして、今回の「進奏院状上」を取りあげられました。今後、どのような方向性で「外国」人を考察してゆくのか、我々も楽しみに待っています。

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by 1009-members | 2009-04-17 18:39 | 授業風景
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