ある日の東洋史学演習7-1(7月17日)

いよいよ石見ゼミ前期授業最終日です!でも、気分は既に夏休み♪笑。

さて、本日の発表者は吉田さんでした。発表タイトルは、以下の通りです。
「北斉皇帝の鄴・晋陽間の行幸」
吉田さんは、「北斉が鄴と晋陽の両都制を採用したのはなぜか」という点について、独自の考察を発表されました。北斉の都は鄴ですが、皇帝の即位はほぼ晋陽で行われており、皇帝は頻繁に鄴と晋陽の間を行き来したことが解っています。

「都が2つあること」と「2つの都を皇帝が行き来することの意味」に注目して記述を収集すると、例えば、晋陽宮は我々が普通、想像するような「宮殿」とは異なって、大量の牛羊馬を入れておく(プールしておく)スペースがあるということや、鄴で死去した北族系の墓主をわざわざ晋陽に葬るという事例、その他様々な史料の断片から、1つの仮説が浮上します。

それは、以東(農耕/漢人)・以西(遊牧/鮮卑)の生活圏を区切ってそれぞれ中心地を都とし、北斉皇帝は、両都市間を頻繁に行幸して2つの地域で求められる君主像を演じわけることで、北斉を統治しようとしたのではないか、ということです。

この仮説を立証するためには、
・太原周辺の牧畜の様子を明らかにすること
・皇帝の行幸の時期をより詳細に分析すること
・鄴と晋陽の都市構造を明確にしておくこと
等が課題として立ちはだかっていますが、これらの考証を進めることが出来れば、かなり重厚な論文になりそうだ、ということでした。

授業後は、石見先生お薦めの天丼屋さんへ行きました!
天丼だけでなく、唐揚げもサクサクでおいしい穴場のお店を発見です♪
さて、明日からも研究に励むのが院生の夏休み、というもので…。
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by 1009-members | 2009-07-17 18:30 | 授業風景
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