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ある日の東洋史学演習7-2(12月14日)

今日もいいお天気ですね。とうとう、年内最後のゼミになりました。

今週の発表は、博士3年の王さんです。タイトルは以下の通りです。
「唐代軍礼の形式化過程をめぐって―射礼を中心にして」
王さんの今回の報告は、軍礼研究の一環として「射礼」に焦点をあて、その歴代の変容を外観したうえで、射礼が軍礼に分類されることの意味について考察されたものでした。

元来、嘉礼であった射礼が、唐代では軍礼に分類されるのはなぜか?というのが、射礼という儀礼の位置づけを考える上で最大の問題です。宋代に入ると射礼はまた嘉礼に戻っていく…ということは、胡族的な要素が射礼を軍礼にしたのか?軍事訓練と射礼はどのような関係なのか?唐代ではどのような時に射礼が行われるのか?などなど、疑問は尽きません。いずれも、大きな今後の課題となりそうです。

また、王さんの最新の研究成果については、
「唐代軍礼における「献俘礼」の基本構造」(『史観』167、2012)を、併せてご覧ください。

ではではみなさま、少し早いですが、よいお年をお迎えください。更新は年明け再開です。
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by 1009-members | 2012-12-14 13:49 | 授業風景

ある日の東洋史学演習7-2(12月7日)

今年の冬は例年より冷えますね…カシミアのコートか羊か執事が欲しいです、サンタさん。

今週の発表は李ゼミ博士2年の植田くんです。タイトルは以下の通り。
「百済・高句麗遺民の唐における存在様態とその役割
―百済遺民墓誌と高句麗遺民墓誌を中心とした検討―」
これまで植田くんは新羅と唐の戦争(羅唐戦争)を考察の対象として研究を進めてきました。今回の報告は、従来、唐の歴史の中での役割しか注目されてこなかった、百済遺民と高句麗遺民を、「新羅による統合から疎外された遺民」と規定し、朝鮮史における意味を問い直すための試論であったようです。

質疑応答では、(唐側から見た)これらの遺民と西域情勢との関わりについての質問が相次ぎました。百済・高句麗遺民というと、唐の軍事動員にばかり注目してしまいがちですね…。朝鮮半島から見て、遺民はどんな存在だったのか?研究の進展を期待しています。
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by 1009-members | 2012-12-07 13:05 | 授業風景