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ぼくのなつやすみ②「しましま」

第1号「いのしし」は、かわいくないと一部から非常な不評をいただきまして、そのせいで、先生が、最近書かれた論文を、この場で紹介しそびれていたことを思い出しました。はっ、抜刷までいただいていたのに。これでは広報の名が泣くというものです。(え?)
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         「で、そんなのどうだっていいから、とりあえず、ぼくにおやつをくれるのくれないの」

…失礼しました、おやつも論文紹介も今すぐお持ちしますので。
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by 1009-members | 2009-07-31 00:26 | がくやおち

ぼくのなつやすみ①「いのしし」

大学は今年から7月いっぱいが授業期間になってしまったけれど、気合入った蝉の声を聞きながら、授業なんか誰が受けたいと言うのだろう。する方も、きっと嫌だろうな。

夏休み限定企画、のろのろ「えにっき」第1号は、遠く西に住む友人からの写真です。
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「神戸のとある住宅地で、橋の上を通りすがりに、はるばる下ってきたお山の子を見つけたんだ」とのことでした。ちょっとそこ、ぐだぐだ転がる本体2匹、お山に帰りなさい。
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by 1009-members | 2009-07-30 16:10 | がくやおち

過去日記と夏休みのお知らせ

いつも、当ブログをご愛顧いただきまして、ありがとうございます。

リクエストにお応えして、ブログ開設以前に演習で発表された、周さん(4月17日)と滝川さん(4月24日)の報告内容を記事にしました。どうぞ、4月の更新分をご覧下さいませ。

夏休み(8月-9月末)の間、通常更新(毎週金曜日)はお休みをいただきますが、その代わりといたしまして、「ぼくのなつやすみ-いんせいえにっき-」(仮題)を不定期連載でお届けする予定です。長期休暇期間も、当ブログをご訪問いただければ幸いです。

壁∥_・)ノシ
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by 1009-members | 2009-07-18 18:51 | お知らせ

ある日の東洋史学演習7-1(7月17日)

いよいよ石見ゼミ前期授業最終日です!でも、気分は既に夏休み♪笑。

さて、本日の発表者は吉田さんでした。発表タイトルは、以下の通りです。
「北斉皇帝の鄴・晋陽間の行幸」
吉田さんは、「北斉が鄴と晋陽の両都制を採用したのはなぜか」という点について、独自の考察を発表されました。北斉の都は鄴ですが、皇帝の即位はほぼ晋陽で行われており、皇帝は頻繁に鄴と晋陽の間を行き来したことが解っています。

「都が2つあること」と「2つの都を皇帝が行き来することの意味」に注目して記述を収集すると、例えば、晋陽宮は我々が普通、想像するような「宮殿」とは異なって、大量の牛羊馬を入れておく(プールしておく)スペースがあるということや、鄴で死去した北族系の墓主をわざわざ晋陽に葬るという事例、その他様々な史料の断片から、1つの仮説が浮上します。

それは、以東(農耕/漢人)・以西(遊牧/鮮卑)の生活圏を区切ってそれぞれ中心地を都とし、北斉皇帝は、この両都市間を頻繁に行幸して、2つの地域で求められる君主像を演じわけることで、北斉を統治しようとしたのではないか、ということです。

この仮説を立証するためには、
・太原周辺の牧畜の様子を明らかにすること
・皇帝の行幸の時期をより詳細に分析すること
・鄴と晋陽の都市構造を明確にしておくこと
等が課題として立ちはだかっていますが、これらの考証を進めることが出来れば、かなり重厚な論文になりそうだ、ということでした。

授業後は、石見先生お薦めの天丼屋さんへ行きました!
天丼だけでなく、唐揚げもサクサクでおいしい穴場のお店を発見です♪
さて、明日からも研究に励むのが院生の夏休み、というもので…。
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by 1009-members | 2009-07-17 18:30 | 授業風景

ある日の東洋史学演習7-1(7月10日)

学部はもうすぐテスト期間に入るので、雨の日でも学校の人口密度が高いです。
院生の密度は逆に減っているようですが…。

さて、本日の発表者は工藤ゼミの佐藤さんでした。発表タイトルは、以下の通りです。

 「斉の桓公のイメージの変遷について―先秦諸子の「斉桓公説話」を手がかりに―」

斉の桓公に関する研究の蓄積はあまり多くなく、「覇者」としての桓公をテーマとするものがほとんどです。今回は、『史記』斉太公世家をベースにして、桓公のイメージが様々な説話の中で、どのように述べられているのかについて発表していただきました。

桓公に関する記述を読み比べると、桓公が覇者となった点を評価する文脈においても、桓公自身の有能さを評価するのではなく、管仲の補佐があったために、(凡庸な)桓公でも五覇の筆頭になることができた、という見解がなされていることがわかるようです。

修士論文を書くにあたっては、
・史料の系譜を把握すること
・桓公に関するあらゆる記述を集め、比較すること
・管仲側の記述(列伝)も見るべき
といった意見が出ていました。

さて、前期のゼミは来週でおしまいとなります。アンカーは李ゼミの吉田さんです。
…そのあとは、修士生、勝負の夏休み!不定期連載にも、どうぞ、ご期待下さいませ。
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by 1009-members | 2009-07-10 17:47 | 授業風景

ある日の東洋史学演習7-1(7月3日)

いよいよ7月に突入し、そこはかとなく夏休みの匂いがして参りました。
とは言え、今年から授業日数が増えてしまったので、まだまだ授業期間ですが…

さて、本日の発表者は科目等履修生の村井くんでした。発表タイトルは、以下の通りです。
「六胡州の誕生とソグド系突厥」
六胡州とは、調露元年(679)に、突厥遺民の一部を居住させるために唐が設置した六つの州のことです。この六胡州に居住した突厥遺民は六州胡と呼ばれるのですが、彼らの中に、康・石・安・何などのソグド姓を持つ人物がいることが明らかになっています。

村井くんは、この「ソグド系突厥」と呼ばれるものが、唐代においていかなる存在であったのかを理解しようとしています。そのためには、六胡州と六州胡に関してその歴史的位置付けと歴史的性格をはっきりさせることが必要になってくると思われます。そこで、今回はまず六州胡の性格について私見を述べていただきました。

六胡州の設置については、反乱を起こした突厥遺民たちへの牽制が目的であるとする説がありますが、村井くんは突厥を牽制する以外の目的があった可能性があると考えています。

今回の発表後には、
・レジュメの書式についての注意点
・先行研究をもっと集めて読むこと
・王氏の論文[2006]に出てくる六胡州の正確な位置を地図に示してみること
などのご意見をいただきました。

この分野はかなりマニアックといえますが、一部の研究者の間では大変熱い議論が交わされているそうなので、今後の研究動向に注目です。
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by 1009-members | 2009-07-03 19:15 | 授業風景