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ある日の東洋史学演習7-1(6月26日)

6月も終わりに近づき、寝苦しい夜がやってきました。
クーラーの効いた図書館での昼寝が最近の楽しみです。

さて、本日の発表者は李先生のゼミからの受講生である植田さんでした。
発表タイトルは以下の通りです。

「百済・高句麗滅亡後の新羅・唐の関係について~羅唐戦争を中心とした考察~」

植田さんは「なぜ、新羅は大国、唐の軍を退け朝鮮半島を支配できたのか」という疑問をきっかけに、卒論以来、唐と新羅の戦争に注目してきました。現在は、「そもそも唐と新羅の戦争はどのような性格のもので、どれほどの期間にわたって行われたのか」といった、基本的な部分を洗いなおす作業を出発点として当時の国際関係を研究しており、今回は、卒論の概要を中心に発表してくれました。当時の国際関係の一端を、中国側からでなく朝鮮半島の側から見る今回の発表は、我々にも興味深いものでした。

質疑応答では、定義の確認やレジュメ中の表に関する鋭い質問、また、発表中に出てきた人物の墓誌があるよ、といった石見ゼミならではの情報もあり、短い時間でしたが活発な意見の交換がなされました。
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by 1009-members | 2009-06-26 22:50 | 授業風景

ある日の東洋史学演習7-1(6月19日)

いざ、梅雨になってみるとあまり梅雨らしくない日々が続いています。
夏に水不足、などということにはならないでほしいのですが…。

さて、本日の発表者は教育学研究科の若林さんでした。発表のタイトルは以下の通りです。

 「則天武后期における政治改革~制勅から見る則天武后評価の再検討~
                    -スタイン文書「戸部格残巻」の分析を通して-」


若林さんは卒論で、唐代の鴻臚寺の長官・副官(卿と少卿)について分析しました。その際に高宗期から則天武后期にかけて行われる頻繁な官名変更に興味を持ち、大学院では、当該時期の政策面の分析を通じて、「悪女」イメージばかりが先行する則天武后の、政治の実態を解明することを目指しています。
手始めとして今回の発表では、オーレル・スタインが収集した、いわゆる「スタイン文書」にある「戸部格残巻」を使って、則天武后期の詔勅の分析報告をしてくれました。

「戸部格残巻」については、我々にはあまりなじみの無いものということもあって、「戸部格残巻」そのものの形式など基礎的な部分についてや、『唐代制勅目録』に収録されている詔勅との相違についてなど、多くの質問がなされました。

則天武后期の政治の実態については、これまでほとんど研究されてこなかったテーマであり、今後の若林さんの研究成果を我々も楽しみにしながら応援しております。
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by 1009-members | 2009-06-19 22:05 | 授業風景

ある日の東洋史学演習7-1(6月12日)

6月も半ばとなり、蒸し暑い日が多くなってきました。
こんな日は朝の満員電車がより億劫になりますね。

さて、本日の発表者はブログ6月更新担当の峰雪でした。発表タイトルは以下の通りです。
「五胡十六国時代後期の諸国家と中国的官僚機構」
五胡十六国時代は華北の地に非漢人の国が数多く興亡した時代です。卒論以来、五胡十六国時代に支配される側となった、漢人の動向に興味を持っているのですが、今回の発表では、その一つの視点として、秦漢以来発達してきた官僚制が、五胡諸国ではどのように受け入れられているのかという点に焦点をあてて発表しました。
 
質疑応答では、
・軍制との関連は?
・胡族的な官僚制度はどうなっていたのか?
・吐谷渾など、同時代のほかの勢力と比較してみては?
など、多くのご質問・ご意見を頂きました。
今回頂いた意見や質問を今後の研究に生かしていきたいと思います。
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by 1009-members | 2009-06-12 12:15 | 授業風景